建築としての山口家



昭和初期の洋風住宅の遺構として、貴重な文化財として評価できる。──箱根町教育委員会の調査で「山口家住宅」は、富士屋ホテルとともに箱根への洋風生活の導入過程を伝える文化財としての評価を頂きました。すなわち「再現するのが容易でないもの」として、2015年、国の登録有形文化財になりました。
 「山口家住宅」は、1930(昭和5)年、当時、富士屋ホテルの監査役だった山口堅吉と、その妻で富士屋ホテル創業者・山口仙之助の次女・貞子が私生活を営む家として建てられました。
 施工を担当した棟梁は、河原徳治郎。彼は、同時代に富士屋ホテル食堂(昭和5年/登録有形文化財)、同花御殿(昭和10年/登録有形文化財)を請け負ったことで知られています。
 白いペンキ塗りの外観は簡素な洋風意匠でまとめられ、洋館でありながら、これ見よがしな派手さがないのが特徴です。これは、施主である山口堅吉の控えめな人柄と、接遇を目的としない、プライベートな家として建設されたからでしょう。



 玄関を入ると、1階中央に広いホールと大階段があり、主たる洋室である居間、書斎、食堂が配置されています。昭和初期の洋館というと、家族用の和室(茶の間)と接客用の洋室(応接間)を設けるのが一般的でしたが、山口家にはありません。洋室は、家族の日常的な洋風生活を前提としたものでした。

 一方、本館と連結した数寄屋風の和館は、戦後の1950年代後半(昭和20年代後半)頃に増築されたものです。こちらは本館とは逆に、堅吉が富士屋ホテルの社長を務めていた全盛期、主に外国人を接遇する目的で建てられました。この建物もまた、本館の機能を補完するものと評価され、調査の結果、調査の結果、あわせて文化財に登録されました。
 正門から階段を経て庭の一部を通って玄関に続く、山口家の庭を印象づける藤棚をトンネルに見立てたドラマチックなアプローチは、証言によれば、後に改修工事で加えられたものです。


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